就寝時、娘に「はるとあき」を読んでもらった。

図書館で私が選んで借りてきた絵本。

娘は先に読んでいたみたいで「これ、面白かった」と教えてくれた。

で、私が「じゃあ、今晩ママに読んで聞かせて欲しいなぁ」「うん!いいよ!」ということになったのだ。

 

 

娘と布団に潜り込んで、さぁ読み聞かせの始まり始まり。

聞きながら最初は「わぁ、面白いなぁ、はる(春)とあき(秋)で文通するなんて!どうやったらこんな面白い発想が出来るんだろう」などと思っていた。だけど、物語の中盤、何だかちょっと寂しげな感じ。

それが、本当に寂しい展開になっていく。

でもちょっと驚いたのは、その展開に入る前から丁寧に丁寧に寂しさへと聞く・読む者を誘っている表現がなされていること。

 

途中、「はる」の気持ちにあまりに共感して、今度は涙がポロリポロリと二粒私の目から流れてきた。

我が娘が読んでくれている、とても可愛らしい声で(親バカ)。そんな状況と相まって、感情が高ぶったのかもしれない(笑)

娘に気付かれたら恥ずかしい、と心のなかで慌てていた。

 

ハッと思ったことが二つあった。

一つは「はる」の思考って私にそっくり。疑心暗鬼で、自信が無くて。

彼女は「あき」が自分と文通しても楽しくないんじゃないか、なんて思ってしまう。

そんなとこ、私みたい。

ちょっと待って、私は4月生まれ。

お話の中で「ふゆ」が「はる」にこう言う。

「あら きづいてなかったの あなたたち(はるとあきの事)そっくりよ 

 あつすぎないし さむすぎなくて とても やさしい きせつ」

そうだ、私の名前は優しい子と書く。両親が読んで字の如く、その通りになって欲しいと名付けてくれた名前だ。

今度は私が生まれた時の両親の気持ちなどに思いを馳せた。

そして「だから…」と思った。

だから、などと言ってもワタクシなど全く優しさとかけ離れる時もある。本当の意味での優しさなど、私は持ち合わせていないんじゃないか、などと恐ろしくなる時さえある。

いいや、でも私と言う人間は優しさがベースになっている…はずだ…と思いたい。いや、そうでありたい、それを目指し続けると思う。

 

そしてもう一つ気付いたこと。

今さら、気づいた。娘が赤ちゃんの頃から散々読み聞かせてきたのに。

でも娘に読んでもらって気付いた。

私が絵本が好きなのは、勿論絵本自体も大好きだが、読み聞かせが好きなのだ。なぜなら、娘と一緒に一つの作品に触れて気持ちを共有する。わぁ!とかおもしろーい!とかえぇ!?悲しいね、とか。

新しい物語の表紙を開くときのワクワク感。閉じた時の「あぁ、面白かったねぇ!」という満足感。

それを私と娘で共有出来る、こんなに楽しく素敵なことはない。

 

昨夜はなんだか本当に色んな感動があって、素晴らしい夜であった。

 


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